デス・オーバチュア
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最初に『空』と『大地』が生まれた。 次に『光』と『闇』が生まれ、その二つの存在のぶつかり合いが生命を生み出した。 そして、生命を管理するために、『時』と『運命』と『死』が定められた。 さらに、『復讐』と『沈黙』といった感情(行為)が生まれ……最後に……が生まれた。 ……以上、世界は『十』のモノから成り立っている。 私に近づかないで。 殺してしまうから。 殺したくないから。 有象無象の区別無く、私に近づく全ての存在は死んでしまう。 私が殺し尽くしてしまうのだ。 でも、私は誰も殺したくない。 だから、私はずっと一人で居よう。 誰とも関わらず、たった一人で居れば、誰も殺さずに済むのだから。 永遠の孤独。 周りの全てを殺し尽くして孤独になるのも、周りから距離を置いて孤独になるのも大差はない。 他者を殺してしまう辛さを味あわないで済むだけ、前者の方がマシというものだ。 それなのに、アレは私に近づいてきた。 アレは私のことを面白いと言った。 自分を殺し尽くせるのなら、殺し尽くしてみろとさえ言った。 なぜか無性に気に入らなかった。 腹が立った。 私が他者を殺してしまわないように、こんなに気を遣っているのに。 他者を殺してしまうことに、こんなに心を痛めているのに。 ……解った、いいだろう、望みを叶えてやる。 望み通り殺し尽くしてやる。 私はこの時、無意識ではない、明らかな殺意を他者に対して初めて抱いた。 「平和、くそくだらないこれを維持する方法は二つある。一つは統一、すなわち絶対支配。もう一つは均衡……つまり、睨み合いさ」 金髪に氷のような青い瞳の青年は独り言のようにそう言った。 顔立ちは女性よりも端正で、肌は象牙のように繊細で白い。 身に纏っている白いコートは質素なのか派手なのか解らない奇妙なデザインをしていた。 「白、黒、赤、青、黄、緑、紫……中央大陸の七分割支配は千年近く続いている……要するに千年間も睨み合いを続けているわけだ。まったく間抜けというか、平和ボケというか……て、聞いてる、タナトス?」 男は自分の前を歩く黒髪の少女の名前を呼ぶ。 「……聞いていない」 タナトスと呼ばれた少女は足を止め、青年の方を振り向くと、呟くように言った。 漆黒の長い髪、黒曜石の瞳、黒い法衣から覗く肌だけが雪のように白い、十七歳ぐらいの少女。 異常なまでの美女だが、切れ長の目が鋭すぎて、どこか怖さと冷たさを感じさせていた。 「……聞く気もない。黙って歩けないのか」 タナトスは無表情で淡々と言う。 「解った解った。黙って歩けばいいんだな?」 「解ればいい……」 タナトスは前に向き直ると、再び歩き始めた。 しかし、一分と待たずに青年が再び口を開く。 「そういえば、もう一つ、平和を維持する方法があったな」 「…………」 タナトスは今度はツッコまず、無視して歩を進め続けた。 「共通の巨大な敵だよ。争っている余裕のない、力を合わせなければ戦えないような圧倒的で異質な敵がいればいいのさ」 「……馬鹿者。その異質で巨大な敵と戦っている以上、平和ではない」 タナトスはつい青年の言葉、考えにツッコミを入れてしまう。 「あははーっ、確かにタナトスの言うとおりだね。だけどね、適度な刺激というか、戦争のコントロールは、国と人の腐敗と退廃をふ……」 「黙れ! いいから黙って歩けっ!」 タナトスは青年の後頭部を、いつのまにか両手で持っていた巨大な大鎌で殴り飛ばした。 世界を構成する五つの大陸。 そのうちの一つ中央大陸は、白、黒、赤、青、黄、緑、紫の七国によって分割支配されている。 そのうちの一つ、北方を支配する神聖王国ホワイト。 そのホワイトの領地の最北端に存在する霊峰フィラデルヒアに一つの門が存在した。 此処ではない何処かへ繋がる門。 ホワイトという国が生まれるよりも昔からその門は其処にただ存在していた。 「まあ、ぶっちゃけ魔界への門なんだけどね」 金髪の青年は、なぜかやれやれと言った表情でそう言う。 「……なぜ、嫌そうに言う?」 タナトスはもうこの男が無駄話をするのを止めるのを諦めていた。 「だって、魔界と呼ぶとなんか急にちゃちいって感じがしない?」 「ちゃちいって、お前……」 「でも、それ以上に的確に彼処を表現できる呼び名もないんだよね。魔族、魔物、魔に属する者の世界……『魔界』としか呼びようないよね、やれやれ、困ったものだよ」 青年はわざとらしく肩をすくめてため息を吐く。 「なぜ、お前が困る……?」 「いや、別に深い意味はないんだけどね」 「だったら、突然意味のないことを語り出すな、愚か者……」 「いやいや、タナトスを退屈させないように、俺は休むことなく語り続けなければならないんだよ」 「……黙れ……それとも、強制的にその口を黙らせて欲しいか?」 いつのまにか、青年の首筋に大鎌の刃が突き付けられていた。 タナトスが少し大鎌を引くだけで、青年の首は間違いなく落ちるだろう。 「それには及ばないよ、目的地についたようだからね。もう、俺が無駄話する必要はないね、ほら」 青年はそう言うと、タナトスの背後を指さした。 タナトスは視線を青年から、背後の少し遠くの場所に移す。 そこにはこちらに向かってくる数十匹の魔物の群が居た。 「さあ、殺戮を楽しんでいいよ、タナトス」 「私に全て押し付ける気かっ!?」 「愛するタナトスの楽しみを横取りする趣味は俺にはないよ」 どこまでも優しげで好意的な笑みを浮かべてそんなこと言う。 「お前……」 「はいはい、解ってますよ。例え相手が人間じゃなくても、タナトスは殺すのが嫌いだってことはね……でも、降りかかる火の粉は振り払わないとお仕事は終わらないよ」 「…………」 「俺が全部片づけてあげてもいいけど、そっちの方がタナトスは嫌なんじゃないのかな?」 「……解った、お前はそこでじっとしていろ」 タナトスは一度深くため息を吐くと、魔物の群に向かってゆっくりと近づいていった。 自分が手を血で汚し、命を奪うことによって感じる不快感と、他人の残酷な殺戮ショーを見て感じる不快感、どちらがマシだろうか? タナトスは前者を選んでいた。 あの男の心底楽しげに殺戮を行う姿を見るより、認めたくないが『慣れて』しまっている魔物殺しを行う方がマシな気がしてしまうのは、自分の感覚が狂ってしまっているのだろうか? タナトスの大鎌が最後の一匹の魔物の首を刎ね飛ばした。 「はい、ご苦労様」 タナトスに言われた通り、一歩も動かずじっと観戦していた青年が笑顔でパチパチっと拍手をする。 「…………」 こいつの首もついでに刎ねてやろうか? この男の自分の行動や葛藤を見て楽しんでいるかのような笑顔を見ていると、そんな物騒な考えが浮かんできた。 「お前になら首の一つや二つや三つ落とされてもいいけど、残念ながらそんな余裕はないみたいだよ、ほら」 青年が指さす方向から、先程の倍以上の魔物の群が近づいてくる。 「…………」 「どうする? 今度は俺がやってあげてもいいよ……て、どうやらその必要はないみたいだね」 タナトスと青年が見つめる中、何かが魔物の群の中に飛び込んでいった。 それは門と呼んでいいのか、微妙な存在だった。 より正確に例えるなら、空間に開いた『入り口』だろうか? その入り口の前に一人の少女がポツンと立っていた。 フリルやドレープが多用され、袖には全てレースが付けられ、細く長いリボンを要所にあしらった黒一色の洋服。 頭部にはヘッドドレス、首にはリボンチョーカー、手にはサテンの手袋、ロングのスカートはパニエとドレープで最大限に広げられ、厚手のタイツに厚底でスクエアトゥなブーツ、徹底的に露出を避けたファッションをしていた。 「…………」 闇色の髪と瞳の少女は、空間に存在する『入り口』にそっと右手の人差し指で触れる。 次の瞬間、凄まじい爆発音と共に少女の指が『入り口』から弾かれた。 「……なるほど」 少女は黒い口紅の塗られた唇で、弾かれた指先をくわえる。 「『ちゃちぃ』門ですこと、これでは魔族と名乗るもおこがましい低位低級のモノしか通れませんわね」 少女はくわえていた指をはなすと、黒い唇を微かに歪めた。 「まあ、それでも動物を魔物に変えたり、抵抗力の無い人間を死に至らしめるには充分すぎる瘴気を放っていますわね。さて、どうしたものでしょう?」 少女は『門』を見つめたまま考え込むように黙る。 『拡げてみるというのも面白いかもしれませんね』 いつのまにか、少女の背後に一人の男が立っていた。 「あははーっ、手間を省いてもらえて良かったね、タナトス」 「ほ、本気でそう思っているのか……?」 「いやあ、見事な殺しっぷりだよね〜」 魔物達が、群に飛び込んできた『女』の手によって次々に殺されていく。 女の左手が魔物の胸を貫き、心臓を握り潰した。 女の右手が魔物の顔面をリンゴか何かのように粉々に握り潰す。 女の『牙』が魔物の首筋を噛み切った。 女は狼のような魔物を両手で掴み持ち上げる。 次の瞬間、両手をそれぞれ逆に捻り、魔物を二つにねじ切った。 「実に野性的というか、原始的な殺し方だね」 青年は感心したかのように呟く。 「…………」 タナトスが何も言えずに見つめている間に、女は全ての魔物を殺し尽くしてしまった。 女は魔物の返り血を大量に浴び、満足げな笑みを浮かべる。 「…で、あれは何に見える?」 「正確には魔物でも魔族でもないけど、人間の尺度的にはそれに属するモノかな?」 「……一言ではっきり言え」 「黒マントに黒ずくめの衣装、典型的な『アレ』だよ」 「やっぱり、アレか……まだ昼だというのに……」 典型的なアレのファッションをした黒い長髪に黒目の女の視線がタナトス達に向いた。 「……まだ、後二人残っていたか」 女は気怠げに、それでいて楽しげに呟く。 「ああ、獲物として捕捉されちゃったね。恍惚状態になっている間に逃げれば良かったかもね」 「いまさら言うな……」 「名を尋ねていいかな、吸血鬼のお嬢さん?」 ナンパするかのような軽い調子で青年が女に尋ねた。 「我が名はティファレクト、美の神性を司る者」 囁くような、それでいてしっかりと聞こえてくる声で女は名乗る。 「やっぱり『我』なわけだ。『余』とか『妾』とか好きだよな、高位の奴らは……吸血鬼に限らず、魔族や神族もそうなんだよ、まったく困ったもんだよ」 「……だから、なぜ、お前が困る?」 「さて、我も名乗った以上、貴様も名乗ってもらえるのだろうな?」 青年とタナトスのやりとりには反応せず、ティファレクトはマイペースで尋ねた。 「……タナトス、タナトス・ハイオールドだ」 「ほう……で、そちらの御方は?」 「むっ……」 なぜ、自分は貴様なのに、こいつは御方なのだ?という疑問というか不満がタナトスに瞬間的に沸き上がる。 「ひみつだ」 「……まあいい。では、始めるとするか」 ティファレクトはそう言うと、ゆっくりと歩き始めた。 「……始める?」 「殺し合いに決まってるだろう」 タナトスの問いにティファレクトではなく青年が答える。 「久しぶりに一方的な殺戮ではなく、『殺し合い』ができそうだ、感謝するぞ」 「いえいえ、どう致しまして。さあ、タナトス、GO!」 ティファレクトが駆け出すのと、青年がタナトスの背中を押し出すのはまったくの同時だった。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |